梅雨なのに物言えば唇寒し秋の風な話

同じ話を何万回も繰り返し、その合間あいまに家族を責め立てていた青年。
あまりのしつこさに辟易した家族から、ついに「一緒に暮らすことはできない」と宣告され、しぶしぶ一人暮らしを始めた彼は、いま、悩んでいる。
「家族を思って言っているのに何故捨てられるのか、意味が分からん」「いっつも訳の分からんことが起こりよる」と。
そして、いま、彼を拒んでいるのは家族だけじゃない。
その独特な(おもに性的な)言動が問題視され、社会も彼に引導を渡そうとしている。

一人暮らしと同時に始まった週に一度の彼との面談は、誰かへの恨み言で始まり、気になる女性の話題やエロ話をはさみ、また誰かへの恨み言で終わった。
くどくど愚痴りながらいつまでもくよくよしていたって何も始まらない。
だから彼と二人で勉強会をすることにした。

自分の気持ちと他人の気持ちは別物であり、また、私たちが直面する問題の解は往々にして幾通りもあるのであり、つまり何かに対して自分が「絶対に正しい」と確信できる答えを得たとしても、他人は違うことを考えていることが多く、正しい道筋が(自分が気がついていないだけで)他にもあるということもまた多い、ということを知るための勉強会。

この勉強会のテキストはこちら。
『レベル5は違法行為! 自閉症スペクトラムの青少年が対人境界と暗黙のルールを理解するための視覚的支援法』

自分の行動を
レベル1:ごく普通の社交行動
レベル2:分別のある行動
レベル3:異様な行動
レベル4:こわがらせる行動
レベル5:体を傷つけたり威嚇したりする行動
このいずれかに分類し、どうしてそう思うのか(自分の行動をレベル〇と考える理由)、その行動をとったとき相手(あるいは周りの人たち)はどう思うか、どうすればレベル1や2の行動をとれるか、そういうことを考えてゆく。
その第一回、第二回がなかなかの手応えをもって終わった。

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なあ、たまちゃん。
おれたちの問題は、他人の気持ちが分からず、だから自分の言動を相手がどう受け止めるのか見当がつかず、そのくせ口数が多くて、おまけにすぐに攻撃的になってしまう、このあたりだと思うんだよ。
ひょっとすると、口数を減らすだけで解決する問題もあるかもしれない。
いや、ぜったいにある。
そもそも、おれたちはしゃべりすぎなんだと思う。
口は禍の元、物言えば唇寒し秋の風、そう言うじゃないか。
まずは、思うことの半分しか口に出さないと決心し実行した結果いつしか思うことの半分しか語れない男になった『風の歌を聴け』の主人公「僕」を目指そう。
もちろん最終的な目標は、やけにモテる男、『ノルウェイの森』のワタナベだ。

なあ、たまちゃん。
一人暮らしが始まって一ヵ月。
そろそろ家族が一緒にいない寂しさは薄らいできただろ?
ていうか、ほんとうは、初めから家族なんかどうだってよかったんだよな。
ほんとうは、女性にモテたいだけなんだよな。
他人の気持ちがぜんぜん分からないおれでも、その気持ちだけはよく分かるよ。
きみが(できればついでにおれも)素敵な柔肌を抱くその日まで、この勉強会を続けてみよう。

駒田健一